大石憲より

吉祥寺でこの文章を書いています。
2012年の夏、老人が一人でやってる吉祥寺のBarでウィスキーとホットコーヒーを飲んでmonophonic orchestraのメンバーになることになりました。
須貝さんと出会ったのは僕が19歳の頃で、ある打ち上げの二次会でした。「絶対仲良くなれると思うんで赤外線してくださいよ!」と言い、須貝さんは引いてました。
旗揚げ公演に呼んでくれて、それから何だかんだ一緒にいてくれました。

今30歳。メンバーになってから、役者人生色々ありました。沢山の奇跡に立ち会ったし、沢山の絶望もやってきました。自分の弱さに何も言えなくなり、修行も沢山しました。
とても辛い時期に一度だけ「もう戻れないかもしれない、やめるかもしれない。」と弱音を吐いてしまった時
「一人でもお前の芝居を楽しみに待ってくれている人がいるなら、お前には芝居をする権利がある。その一人は少なくとも俺だ」と言ってくれました。
それがメールで本当によかった。
メンバーでよかったと思いました。帰る場所があるってなんて素敵なことなんだと思いました。

一人芝居創ったり、コンテンポラリーダンスの世界に行ってみたり落語したり展示されたり様々な形で演劇に関わってきて、ここ2年くらい国際共同制作や、地方滞在制作に興味を持ち始めました。東京とは違う豊かさを感じました。

今後は海外に目を向けて活動できたらなと思っています。演劇の中の役者というよりも、総合芸術の中の役者担当の人になれたら良いなと漠然と思っていたりします。
「それずっと言ってるしなぁ、いいんじゃない?」と須貝さんは言ってくれました。

とはいえ東京には住んでるし東京で全く活動しないということではありません。

「東京」というくくりを外した

というのが個人的に一番しっくり来ています。
活動休止したからといって役者を辞める気は全くないし、変わらず演劇を愛しています。

一回休んで、お互い好きなことしようぜ。
そういう意味での活動休止だと思っています。
須貝さんの事好きだし、帰る場所だと思っています。

これまでmonophonic orchestraに関わってくれた全ての皆様、そして作品を観てくださって全ての皆様、一度、これまで本当にありがとうございました!

そして、これからもどうかよろしくお願い致します。


大石憲